Our Story

私たちの思い

生まれたものが、
形が変わってもまた

立ち上げ当初の熱い気持ちは22年前と変わらない。
とにかく、お客様を喜ばせる事。
新しいものを生み出す事。
それらが、楽しくて楽しくて発足したマニュ。
その気持ちは、今も全く変わらず存在する。
新しい誕生は、古い物がただ生まれ変わっただけ。
だから、古いものを大切にしたい。そして、後世に繋げていきたい。
そんな新鮮な私たちも、
今また、新しい事に挑戦して、歴史をまだまだ、作り続ける為に日々邁進中。

22
Years of story
and now it’s time
to
the next chapter.

  1. 各務 Mami 勝山 Yuka により、フラワーデザインオフィスMAnYU (マニュ)設立。

    1997
  2. 2001

    (株)テイクアンドギブ・ニーズ自社結婚式場代官山一号店の専属デザイナーとして抜擢され、 都内数店舗のレストランウェディングのフラワーデザイン、東京麻布にある結婚式場麻布迎賓館の 専属デザイナーとなる。

  3. 有限会社マニュ設立

    2001
  4. 2009

    アメリカハワイにMAnYU Flowers Inc設立

    東京(Lila flowers )、ハワイとそれぞれ独立のビジネス展開をスタート。

    ハワイマニュは、海外ウェディング最大手、アールイズウェディングハワイの専属デザイナーとなり、最多忙期は、年間3000件以上のウェディングをこなす。

  5. グアム支店設立。

    2013
  6. 2016

    病により、最愛のパートナー勝山が他界。

  7. 東京、ハワイのマニュを繋げ直し、Mareincar yum (マリンカヤム)designsと称して新たなビジネスの展開を目指して、再結成。

    2019

Top Message

Mami Kagami

花をこよなく愛し、多忙な中での一時の休息時間を利用して庭いじりをする勤労な祖父と、年を重ねる毎に腕をメキメキとあげる、ガーデニング大好き、センス抜群な母を持ち、大学を中退して、フラワーデザイナーを目指し、花業界に入る。

 

今考えれば、先輩と反りが合わなければ、我が道を行き、花の仕事が楽しくて、楽しくて、フラワーショップが少しでも自分の思ったものでなければ、職場を変える、本当に自由な20代だった。

 

 

そんな自由奔放な私の人生を変えた、大きな出来事が、3つある。

 

一つ目は20代半ばでのカナダ、アメリカでの約2年の生活。
二つ目は、20年間のビジネスパートナーであった、Yukaとの出会い。
そして、3つ目は、その最愛なるパートナーを自分の腕の中で亡くした事。
その3つがあって、今また、新しい方向へ向けて人生のスタートを切ろうとしている。

 

海外に憧れ、初めて長く住んだカナダライフで、私を大きく変えたのは、中古の物、そして、それに価値を見出してビンテージと呼ばれる物の存在だった。
当時、貧乏生活をしていた私は、カナダ人の友人とガレージにセールに行くのが、日課となっていたくらい、どうやって、安くて良いものを見つけるか、に取り憑かれてしまっていた。しかし、それと同時に、フラワーデザイナーであった。
彼女のインテリアの可愛さや、さらに、アーティストでもあった彼女の作品全てに見える、古いものと、新しいものとの 融合が、楽しくて、美しくてさらには、個性となっているのだと感じながら、いつの間にか、それらが自分の生活へ自然に溶け込んで行った。
その当時、憧れていたNew York。アンティーク、ガラクタ、ビンテージの宝庫で、フラワーデザイナーの仕事の縁まで見つけ、アメリカに長期滞在をしながら、どんどんのめり込んでしまった。

 

そんな矢先の20代後半で、Katsuyama Yukaと出会う。
表参道の小さなこだわり店主のいる、まだ、オープンして数年の表参道のお店で、衝撃的な出会いをする。衝撃的とは、ミニスカートに茶髪の、超可愛い花屋さんとは思えないフラワーショップスタッフと、海外帰りの貧乏フラワーショップ店員二人。似ても似つかわしくない二人がここで、出会わなければ、一生すれ違うような二人の出会い。日を重ねるごとに、お互いの仕事の向き合い方に、自然と距離を縮める事となる。
一年もしない間に、お互いの実力を認め、友人というよりは、目標を見定めた同士として、独立しようと決心。27歳で独立を試みる。人生、そんなに簡単には行かず、のらりくらりの生活。しかし、この時の約4年間は、本当に、二人にとって、貴重な素晴らしい時間となる。お金が溜まると国内旅行、アメリカやフランスに、長期で貧乏旅行をし、二人のデザイン基礎となる、目から、耳から五感をフルに活用して、元々、センス力の高いYukaと、海外で培った、私のセンスが、どんどん、二人らしさ、マニュらしさを作り上げる事となっていった。 同時に、25歳で始めた写真を撮る事にもどんどん目覚め、旅行は格好の撮影場となり、20年以上、自分たちの作品を撮り続けている。

 

そんな二人のビジネスは、大手ウェディング会社さんとの契約によって、急上昇。 スタッフを数名抱える、ビジネスに成長。しかし、二人の本来の目的意識がずれ始め、 次のビジネスチャンス、ハワイウェディングのオープニングスタッフとして、渡ハ。 ハワイでは、自然が短かにあり、やはり、持続可能な物(sustainability) への自然な関心が生まれる場所であった。今まで、日本にいて憧れていたアメリカでの仕事は、 持ち前の図々しさ、粘り強さで、やりたかったトータルコーディネートの現場をやらせていただく機会も増え、私達の力が最大に発揮出来た場所となる。

 

そして、 数年後、理由は誰にも分からないが、神様は、私から大切すぎる、最愛の人を奪う事になる。出会いはさておき、二人には、誰にも邪魔をされない、誰にも理解が出来ない、深くそして、愛情に満ちた絆が長い年月を掛けて、築かれて行った。

 

私の腕から、彼女が居なくなってからの生活は時間を掛けて、変わって行った。
どのように人は、ストレスを貯め、病気になっていくのだろう?
健康であるために・・・
本来、心も身体も健康でなければ、お花を心から楽しむ事さえ出来ないんだと、気付かされた時、心身共に健康で、そして、お花が飾られるインテリアを慈しみ、古い物を大切にして、次世代に私達が何を残せるか、何を伝えられるかと日々考えるようになる。

 

物を大切にしていく原点に戻る事。
一本のお花が人の心を癒し、そして、どこかの 誰かの人生の一ページを変えられるかもしれない可能性を秘めているという事。
大切な一本から、花人生を通して、今までの私の人生を通して、共有できる事や、辛さや喜びを分かち合う事が、これから私がまだまだ、長く過ごしていくであろう人生で、やらなければならない事だし、天国で私を支えているYukaの、最大の 望みだと思っている。

 

新生MAnYUが、素晴らしいスタッフ達と共に、新たなスタート地点に立ち、ワクワクな気持ちで、前を向いているそんな姿が、信じられない気持ちで 今、健康に、そして、お花と古いもの達に囲まれて生きている。

 

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